卒業生の声・活躍事例
「人生が変わる」扉を開いて—NPOと地域での実践へ(第3期生 落井さん)
仕事や子育てに向き合う日々のなかで、学生時代に抱いていた関心や思いが、いつしか意識の外に遠ざかっていた。そんな経験はないでしょうか。
スタートアップ企業で、事業企画や法人営業、マーケティング、広報など幅広い業務を経験してきた落井 麻紀さんも、その一人でした。
忘れていた社会課題への関心を呼び覚ますきっかけとなったのが、第3期ソーシャル・イノベーション・スクール(以下、SIS)での学びでした。受講後、社会人20年目という節目に、これからの仕事や人生を改めて見つめ直した落井さんは、ソーシャル領域へとキャリアを移すことを決意。
現在は、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ(以下、むすびえ)で、企業との連携やファンドレイジング、地域伴走を担当しています。さらに、本業とは別に、自身が暮らす地域でも子どもの居場所に関する情報発信に携わっています。
□ 認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ
SISで得た学びや出会いは、その後の選択にどうつながり、現在の仕事や地域での活動に生かされているのでしょうか。受講前から現在までの歩みを伺いました。
忘れていた関心を呼び起こす、友人の投稿

―SISを受講したきっかけを教えてください
きっかけは、大学時代からの友人がFacebookでSISの受講生募集を紹介していたことでした。当時はスタートアップ企業で働いており、子育ても少し落ち着いて、自分の仕事や人生の棚卸しを考えていた時期でした。
学生の頃は、ただ収入を得るために仕事をするだけではなく、自分が課題だと感じることや世の中をより良くすることにつながる仕事がしたいと思っていました。しかし、社会人になってビジネスの世界に入り、子育ても始まるなかで、そうした思いはすっかりどこかへ飛んでいっていました。
そんなときに友人の投稿を目にし、「ここへ行けば、以前は漠然と考えていたことが見えるかもしれない」と直感しました。忘れていた関心を思い出す、とても大きなきっかけとなりました。
「これだけ仲間がいるなら、やっていける」

―受講して、特に印象に残っていることは何でしょうか
一つは、社会を変えよう、良くしていこうと本気で取り組んでいる人が、全国にこんなにもたくさんいる!と体感したことです。SISに入るまでは、社会を良くしたいなんて所詮理想論、世の中そんなに甘くない、という世界しか見えていなかったけれど、「これだけ熱い仲間がいるなんて世の中捨てたもんじゃない、私でもやっていけるかもしれない!」と、可能性や希望が見えました。その感覚は、その後の選択にもつながっています。
もう一つは、米倉学長の言葉です。
「よそ者、若者、ばか者がイノベーションをつくる」
「名刺を3枚持つ(本業以外にも複数の役割や活動を持つ)」
「1ミリでもいいから社会を動かす」
どれも今も自分のなかに“ピン留め”されています。
個人として感じていた時代への違和感が、米倉学長の講義では社会の構造として言語化されていました。自分のなかにあったもやもやが、「やはりこれは現実に起きていることなのだ」という確信に変わったことも、大きな収穫でした。

―グループワークや卒業課題から得たものを教えてください
異なる業界や立場の人たちが、互いの得意分野を生かして役割を担い、一つの提案をつくり上げる経験はとても刺激的でした。とても優秀な同期の方たちの中で、自分にできるせめてものこととして、講義やグループワークでも「一度は声を出そう」と決め、できるだけ自分から参加することを意識していました。
卒業課題では、チームで「突然訪れる介護の課題」に取り組み、「お互いさま」をコンセプトに掲げました。卒業後もしばらく介護分野のボランティアに参加し、課題への解像度を深めました。卒業課題がそのまま現在の仕事になったわけではありませんが、目を向けさえすれば地域課題や社会課題は身近にあり、その解決に取り組んでいる人もまた身近にいるのだという手触り感を得られたこと、そして「お互いさま」の社会をつくりたいという思いは、今も自分の軸として残っています。

―仕事や家庭と受講を両立するうえで、大変なことはありましたか
コロナ禍での受講だったため、オンラインのみで行われる講義もありました。当時はまだ子どもが小さく、決まった時間に家を空けることが難しかったので、オンラインで参加できたことはとても大きかったです。
受講期間中に椎間板ヘルニアになってしまい、うつ伏せのまま講義に参加したこともあります(笑)。それでも続けられたのは、オンラインという環境に加え、久しぶりに新しいことを学ぶ楽しさに夢中になっていたからだと思います。そのくらい刺激にあふれた受講期間でした。
※SISでは、コロナ禍を機に導入したオンライン受講を現在も継続しており、会場またはオンラインのいずれかを選んで受講できます。
ビジネスで培った経験を、ソーシャル領域へ
―SIS卒業後、現在の仕事へ移った経緯を教えてください
卒業後、ソーシャル領域を本業にしたいという思いが強くなりました。ちょうど、それまでの仕事が一区切りを迎えた頃でもありました。また、SISの受講にあたっては家族にも協力してもらったので、そこで得た経験をきちんと生かしたいという思いもありました。
企業や株主の利益のためだけに、自分の限られた時間や労力、時には家族との時間も費やして数字を追い求めることに、このままだと自分がすり減ってしまう一方だと閉塞感を感じていました。
SISを受講してからというもの、自分が大事にしていた価値観が明確になり、今の自分の生き方とのギャップに「このままじゃいけない」と日に日に強く感じるようになっていきました。この先、人生の後半は「はらたく」と「生きる」の方向性が一致しているような、自分というリソースを社会に還元する生き方をしたい。そう考え、ソーシャルビジネスやNPOの領域を、自分の仕事にしようと決めました。
なかでも、自分ごととして強く感じていたのが、「子どもたちにより良い未来を残したい」ということでした。そこで、全国のこども食堂を支援するむすびえに入職しました。

―現在はどのような役割を担っていますか
主に法人連携とファンドレイジングを担当しています。前職は、自社開発のSNSアプリを手がける小規模なスタートアップで、事業企画に加えて、法人営業、マーケティング、広報など、事業側の仕事を幅広く経験しました。その経験を生かし、団体と企業の間に立って、双方のコミュニケーションを“翻訳する”ことが、今の自分の役割だと考えています。
企業から支援をいただいて終わりではなく、その支援がどのような活動や成果につながったのかを可視化し、きちんと報告する。活動に込めた思いを企業の方に伝わる言葉へ置き換え、企業にとっての意義も伝える。そうしたコミュニケーションに取り組んでいます。
入職当初、法人連携のチームは、団体内で「営業をする部署」と捉えられ、少し距離を置かれることもありました。しかし、ビジネス経験を持つメンバーとともに仕組みを整え、今では専門性を持ってファンドレイジングに取り組むチームとして認識されるようになってきました。
NPOを「職業として選べる」領域にしたい

―活動を続けるなかで、課題に感じていることはありますか
NPOで働いていると言うと、今も周りから「自己犠牲で働く」「ボランティアだから無償」といったイメージを持たれることがあります。しかし、パブリックセクター、ビジネスセクターとは違った役割を担うソーシャルセクターの活動を持続的、発展的にするためには、専門性に見合った他セクターと同水準の報酬体系があり、職業として選ばれる領域にしていく必要があります。
そのためには、報酬に見合う成果を残し、それを可視化して社会へ伝えることが欠かせません。その資金がなければ社会を変える活動の人件費も確保できないため、現在は団体の支援を受けて、ファンドレイザー(※)の資格取得に向けた学びも続けています。資金を集め、成果を生み、発信する。その循環をつくることで、業界全体の水準を高めたいと思っています。
ビジネス領域で経験を積んだ人が、生活面で無理をせずソーシャル領域へ移り、思う存分力を発揮できる。自分自身も、その一つのモデルになれたらと考えています。
※ファンドレイザーとは、NPOやNGO、大学などの非営利組織において、社会課題の解決や活動に必要な資金を、個人や企業などから集める専門家を指します。
全国への働きかけと、足元の地域活動を二つの軸に

―仕事以外にも、地域で活動されているそうですね
東京都小金井市で、子どもの居場所やこども食堂に関する情報を発信する活動に参加しています。市内にある子どもの居場所を訪ねて取材し、開催日やイベントをカレンダーにまとめたり、子ども自身が「今日はどこへ行こう」と選べる「小金井子どもの居場所サイト『えにえに』」のコンテンツなどをつくっています。
□ 小金井子どもの居場所サイト「えにえに」
むすびえの仕事は、全国を対象とする中間支援です。団体のネットワークや組織の力を生かすことで、自分の1の働きかけが10や100へと広がっていく。これは、インターネットビジネスやマーケティングに携わってきた経験にも通じていて、自分に合った社会への働きかけ方だと感じています。
一方で、全国へ働きかける仕事だけでは、自分の身近な地域の変化が見えにくいこともあります。だからこそ、足元の地域でも子どもたちの居場所づくりに関わっています。全国に働きかける“マクロ”の活動と、暮らす地域を良くする“ミクロ”の活動。この二つの軸を、これからも大切にしたいです。
いつかは、自分でも地域の居場所やこども食堂をつくってみたいという思いもあります。今はいろいろな現場へ足を運び、学びながら、その可能性を育てているところです。
「人生が変わる」扉を、楽しんで開いてほしい
―これからSISの受講を考えている方へ、メッセージをお願いします
SISは、私にとってソーシャルの世界への最初の接点であり、世界が開けた場所でした。受講しなければ、それまで生きてきた世界から出られずに、今の仕事や活動を選べていなかったと思います。
知らなかった世界に出会い、人生が変わるとはこういうことなのだと、今でも思います。
「ソーシャルイノベーション」というキーワードが少しでも心に触れた方は、ぜひ恐れずに、わくわくを楽しむ気持ちでその扉を開いてみてほしいです。
